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두자춘(일한번역문)
杜子春(芥川龍之介)
天馬
故郷を想う
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아우님이 이토록 활약하는 줄 몰랐습니다. 옹근 2년이나 사이트들에서 잠적하다가 돌아오니 아우님이 보이시네. 반갑수다. 이제 우리 만나면 그간 회포를 잘 풀어 봄이 어떠하리오...
곧 《간도빨치산의 노래》전문을 싣도록 하겠습니다. 이 글은 연변문학 2013년 제2기와 제3기에 실렸던 글입니다. 연변문학 2기에 조선글로 된 원문이 실려있습니다.
좋은 글 잘 읽었습니다. 《간도빨치산의 노래》전문은 어디에서 볼수 있습니까? 읽어보고 싶은데요.그때 상황도 더 료해해보고...
참 의미심장한 이야기 입니다.
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54『月見草(つきみそう)の嫁(よめ)』
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2011-11-10
54『月見草(つきみそう)の嫁(よめ)』 ―新潟県― むかし、ある山の村にひとり者の若い馬子(まご)が暮らしておったそうな。 馬子は、いつも朝早ように起きて山に行き、馬に喰わせる馬草(まぐさ)を刈る。 草を刈りながら歌う馬子唄は、ほれぼれするほどいい声だったと。 そうやって刈った草を馬に喰わせてから、お客を乗せたり、荷を運んだりして暮しておった。 ある晩のこと、 馬子が一日の仕事を終えて家でひと休みしていると、戸をホトホトと叩くものがあった。 「はて、こんな山家(やまが)に今頃だれだろ」 戸を開けると、きれいな、きれいな娘がひとり立っておった。 「今晩ひと晩、どうか泊めて下さい」 「俺らとこは、俺ひとりで、お前を泊めるったって、ろくなまんまもしてやらんねすけ」 「ご飯ぐらい私がします。どうか泊めて下さい」 「ほうか、ほんならまあ、入(はい)られ」 馬子が娘を招じ入れると、娘は、掃除はするし、洗濯はするし、出来た晩ご飯のうまいこと、うまいこと。 「俺ら、明日の朝は早いすけ、おめえの好きな時に出て行っていい」 そう言って馬子は寝たと。 次の朝、馬子は早ように家を出て、夜遅うに戻って来たら、娘がまだ居たと。 「おめえ」 「はい、晩ご飯が出来ています」 というんだと。 その次の日も、そのまた次の日も娘は出て行かないで、まめまめ働くんだと。 馬子は、 「こんなんが俺らの嫁だったら何ぼいいか」 と思うて、娘をじいっと見ていたと。 そしたら娘が、 「あなたはひとりもんで不自由でしょうから、どうか私を嫁にして下さい」 と言うた。 「そうか、ええか、お前がその気なら俺らの嫁になってくれ」 と言うて、その晩から、ふたりは夫婦(ふうふ)になったと。 ある朝、馬子は、いつものように歌いながら山の草を刈って来て、馬の前に置いてやったと。 そしたら、その草の中に、きれいな月見草の花が一本混ってあった。 「おう、こらまた、きれいな花だ。知らずに草と一緒に刈ったんだな」 と、手にとって、 「おおい、かか、かか、きれいな花があったや」 と呼んだけど、返事がないのだと。 「おおい、どこ行った」 あちこち探したら、嫁は、流しの所で朝ご飯を作りかけのまま倒れていたと。 「おっ、どうした。どこかあんばいでも悪いのか」 と、あわてて抱き起こすと、嫁は細い声を出して、 「私は、実は月見草の花の精なのです。毎朝、あなたのいい歌声を聞かせてもらっているうちに、嫁になりたいと思うようになりました。その思いが叶って今日まで幸せでした。思いがけず、今朝あなたに刈られてしまいました。私の命もこれまでです。短い間でしたけれど、優しくして下さってありがとう」 こう言うと、馬子に抱かれた嫁の姿は、だんだんうすくなっていって、やがて消えてしもうたと。 いきがぽうんとさけた。
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53『猿蟹(さるかに)ひとりぽっち』
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2011-11-10
53『猿蟹(さるかに)ひとりぽっち』 ―島根県― 昔があったげな。ある山に猿(さる)がポツンとひとりでおったげな。海っ端(ぱた)にはカ二がポツンとひとりぽっちでおったげな。 ある日猿はあんまりつまらなくって、海っ端に行って見ようと思って、山を下りて来たげな。 そしたら、ちょうどいい格好(かっこう)の松の木があったので、それに登って枝に腰(こし)かけたげな。 遠くはどこまでも広々しとるし、近くは波が岩に当ってアワが飛んどるし、いい気持じゃけえ、 「海っ端いうものはええもんだ。風はブ-ブ-吹くなり、波はドンドと打つなり」 といったげな。 そしたら、下で、 「ふ-ん」 といって、応(こた)えるものがある。 誰だろうと思って下をのぞいてみたけれど誰もおらんげな。 「おかしいなあ、そら耳かなあ」 と、首をかしげて、また、 「海っ端いうものはええもんだ。風はブ-ブ-吹くなり、波はドンドと打つなり」 といったげな。 そしたら、また、下で、 「ふ-ん」 といって、応えて来た。 また下をのぞいて見たけれど、やっぱり誰もおらんげな。 「おかしいなあ。たしかに返事がしたんだがなあ」 猿は松の木から下りて、あっちうろうろ、こっちうろうろ探してみたら、石積(いしづ)みしてあるところがあった。 上の石をちょこっと起こしてみたら、カ二が一匹おったげな。 「はあ、おったぞ。こら、カ二カニ、返事したのはお前か」 と聞いたが、カニは何も言わずに石の間に逃げ込もうとしたげな。 「なんだい、わしのことに返事なんぞして欲しくないわい」 いうて、他の石を打ち下ろしてカニを潰(つぶ)してしもうたげな。 それから猿は、また、松の木に登って、さっきと同じように周囲(まわり)を見まわして、 「海っ端いうものはええもんだ。風はブ-ブ-吹くなり、波はドンドと打つなり」 というたら、今度は、誰も返事するものは無(な)かったげな。 耳をすましたら、風と波の音だけが聞えて来たげな。 「何だかつまらんなあ」 猿は松の木から下りて、石の下で潰れたカニを団子(だんご)にして、 「カニ、カニ、お前もひとりぽっちだったげな、すまねがった」 というて、元いた石の間に置いたげな。 それから、また、松の枝に腰を下ろして、 「海っ端いうものはええもんだ。風はブ-ブ-吹くなり、波はドンドと打つなり」 と言うたら、何と、 「ふ-ん」 と、団子になったカニが返事したげな。 猿はええ気持がして、何度も何度もそうくり返しておったげな。晩方になって 「やっぱり返事するものがなきゃあいけんなあ。明日(あした)も来るけん、また、返事してごせえよ」 いいおいて帰ったげな。 そえで こっぽし。
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53
52『鳥呑爺(とりのみじい)』
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2011-11-10
52『鳥呑爺(とりのみじい)』 ―長野県― 昔、あるところにお爺さんとお婆さんが住んでおったと。 ある日、お爺さんは山の畑で働いておったと。お昼になったので弁当に持って来たかい餅を食べ、残りを木の枝に塗りつけて、その木の下で昼寝をしたと。 そこへ一羽の山雀(やまがら)が飛んで来て、木の枝に止まった。そしたら、かい餅がくっついたと。 鳥が羽をバタバタさせてもがいている音で目を覚ましたお爺さん、 「おうおう、可哀そうに、待て待て、そんなにあばれると羽にも餅がついてしまうぞ」 というて、山雀を手にとって、その足についている餅をなめてとってやろうとした。 そしたらなんと、爺さんには歯がなかったもんで、餅を吸いとっているうちに山雀も一緒に、つるんと呑みこんでしまった。 「ほい、しもうた」 というたが、あとのまつり。腹の中で山雀がぴくぴく動いとるのだと。 「こりゃ、どうしたもんか」 と腹をさすっておったら、そのうち、ヘソのところで何か触るものがあった。 見ると、山雀の尾羽の先がヘソからちょこっと出ているのだと。 お爺さんがそれを引っぱってみたら、 チチンプヨプヨ ゴヨノオンタカラ と、鳥の啼(な)くようなオナラが出た。 「ありゃ、ありゃりゃ、でもおもしろいな」 というて、また、それを引っ張ってみた。 チチンプヨプヨ ゴヨノオンタカラ というオナラが、また出たと。 「『ゴヨノオンタカラ』とは何だかめでたいな、婆さんにも聞かせちゃろ」 というて、急いで家に帰ったと。 お婆さんにわけを話して、二人で何度も何度も山雀の尾羽を引っ張って楽しんだと。そのうちお婆さんが、 「お爺さんや、こんなにめでたいオナラをふたりだけで聞いているのはもったいないなや。これは、お殿さまにもおきかせなされませ」 と、すすめるので、次の日、殿さまの御殿へ出掛けて行ったと。 御殿の裏の竹薮(たけやぶ)で竹を伐(き)っていると、番人がやって来て、 「殿さまの竹を伐るのは何者だ」 と、とがめたと。お爺さんは、ここぞと思って、 「わしは、日本一(にっぽんいち)の屁放(へひ)り爺でごじゃる」 と、胸をそらせた。 「なに、日本一の屁放りとな。それなら殿さまの御前(ごぜん)でおきかせしてみよ」 というて、お爺さんを御殿の中へ連れて行ったと。 殿さまの前へ出て、ヘソのところに手をやり、山雀の尾羽を引っ張った。 チチンプヨプヨ ゴヨノオンタカラ と、そりゃいい音が出たと。 殿さまはじめ、そこにひかえていた家来一同大喜び、 「当家が栄えるめでたい屁じゃ」 という者もあって、お爺さんは大いに面目をほどこしたと。 殿さまの竹を伐ったのもおとがめなしで、褒美(ほうび)をたくさんいただいて帰り、お婆さんとふたり、一生安楽に暮らしたと。 いちご さかえた。
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52
51『竜神様(りゅうじんさま)と樵(きこり)』
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2011-11-10
51『竜神様(りゅうじんさま)と樵(きこり)』 ―青森県― むかし、ある山奥で樵(きこり)が三人山小屋(やまごや)に泊って山仕事をしていたそうな。 ある日、仕事が終ってから、山小屋で晩飯(ばんめし)をすまして夜話(よばなし)をしていたと。 そしたら、そのうちの一人が突然、ウ-ンとうなって苦しみ出した。顔色がだんだんに青くなって、いまにも死にそうになったと。 「お、おい、どうした」 「どこがあんべえ悪(わ)りいだ」 「ウ-ン、下っ腹が痛ぇだ」 「ん、分った。ここか」 と、二人が両脇からその男の下っ腹に手をのばしてさすってやったら、腹が変にふくらんで、腹の中で何かが、ゴニャラ、ゴニャラ動いている様子だと。 「横になれば、楽になる」 と、その男を寝かせたと。 寝かせてみて気がついた。何と、男の尻の穴に、地面から出て来た毛むくじゃらのごっつい手が、入っていたと。 二人はびっくりして、 「な、な、なんだ、これは」 と、その手を抜こうとしたけど、なんぼ引っ張っても、手は抜けないのだと。 二人は怖ろしくなって、 「ば、ば、化け物だぁ」 「ウヒャ-」 と、逃げてしまったと。 残された男は、ただもう、油汗流してうなるばかり。 そのうち、どこからか、割れ鐘を打ち鳴らしたような声が聞こえてきた。 「わしは、この沢にいる大蛇じゃ。間もなく百年の行(ぎょう)が終わるところだ。行が終われば、わしは海へ行く。海であと百年の行をして竜になる。近いうちに、三日間大雨を降らせる。その水に乗って海へ出るが、この小屋の側に桂の木がおがっているじゃろ、あの木がじゃまだ。あの木を倒してくれろ」 と、いっているんだと。 樵は、苦しいのをがまんして、 「切り倒してやりたいども、おら動けん」 というと、そのとたんに、尻の穴の手がスポンと抜けて、元の身体になったと。 樵は喜(よろこ)んで、桂に木を切り倒して炭に焼いてしまったと。 炭焼きが終った夜から、山が鳴って、大雨が降り出した。 三日目に樵は、大蛇がいる穴を見に行ったと。 大蛇は、たった今、その穴からウネウネ出ていったところだった。 樵は、びくびくしながらその穴の中へ入ってみた。そしたら、穴の奥に、ピカピカ光るものがある。そろりそろり近づいて、よくよくみたら、何と、でっかい金の塊(かたまり)だったと。 「はあ、あの大蛇が、おらにお礼にこの宝物授けてくれただな」 樵はその金の塊もらって、いっぺんに大分限者(おおぶげんしゃ)になったと。 逃げて行った二人は、それからのちも何もいいことなくて、一生貧乏で暮らしたと。 とっちぱれ。
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50『猫檀家(ねこだんか)』
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2011-11-10
50『猫檀家(ねこだんか)』 ―岩手県― むかし、あるところに貧しい山寺があって齢(とし)をとった和尚(おしょう)さんがすんでおったそうな。 和尚さんは年老いた虎猫を飼って子供のように可愛がっておった。 ある日のこと、和尚さんが炉端(ろばた)で居眠りをしていたら、虎猫が、 「和尚さま、和尚さま、お前さまも大分齢をとったで、世間では相手にしなくなって来たな。おらも随分長いことお世話になって、もう化けるような齢になってしまった。したども、何とかその恩返しをしたいと思って」 という。 和尚さんは、猫が口をきいたので、びっくりしていると、つづけて、 「和尚さま、おらはこのごろ、この寺をもういっぺん繁昌(はんじょう)させて、和尚さまに楽させたいと思うだ。おらにいい思案(しあん)があるだ。近いうちに長者どんの一人娘が死ぬけど、その葬式(そうしき)の時に、おらが娘の棺桶(かんおけ)を空に浮き上げるから、和尚さまがお経を読んでけろや。そのお経の中に『南無(なむ)トラヤヤ、トラヤヤ』と声を掛けたら、おらがその棺桶を下へおろすべ。そしたら、そののち、きっといいことがある」 と、言ったそうな。 間もなく、猫の言葉通りに長者どんの一人娘が病気で死んだと。 葬式は、あちらこちらの寺の和尚さん達を招(まね)いて、ごうせいなものだと。 ところが、この山寺の和尚さんだけは招かれなかったと。 葬式が、いよいよ野辺送(のべおく)りというときになって、どうしたことか、棺桶がしずしずと空へ浮いていって、高い高い中空に上ってしまった。 あまりの不思議さに、人々は驚ろいて、 「あれれ、あれれ」 というばかりだと。長者どんは 「あの棺桶を下ろしてけろ。その者には一生の年貢米(ねんぐまい)もやるし、お寺の普請(ふしん)もするだ。望みによっては、門も鐘撞堂(かねつきどう)も、何でも寄進(きしん)してやる」 と叫んだ。 そしたら、多勢(おおぜい)の和尚さんたちは、一層声高(こわだか)に、空を仰(あお)いでお経をよみはじめた。 しかし、やっぱり棺桶は空に浮かんだまんまだと。 いよいよ困り果てた長者どんは、 「こりゃ、何としたもんだべ。誰か他に和尚は、残っとらんか」 と聞くと、村の衆は、 「へえ、あとは、あの山寺の和尚さんがひとりだけ残っているだけでござんす。しかし、連れて来ても役には立ちますめえ」 と、いった。 「いやいや、ともかく、その和尚さんを早うお連れしろや」 村の衆が迎えに行くと、山寺の和尚さんは破れた法衣(ほうえ)を着て、杖をついて、のんびりのんびりやって来たと。 そして、空を仰ぎ見ながら、ゆっくりとお経を読みはじめた。いいかげんのところで、 「南無トラヤヤ、トラヤヤ」 と、猫に教(おそ)わった文句を誦(よ)みこんだ。 すると、今まで中空に浮いていた棺桶が、そろり、そろり降り始めて、やがて下に着いたと。 そしたら、長者どんも、村の衆も、みんな山寺の和尚さんの足下(あしもと)にひれ伏して拝(おが)み、口ぐちにほめたたえたと。 他の多勢の和尚さんたちは、すっかり面目(めんもく)を失って、コソコソと逃げるようにして帰って行った。 それからのちは、貧しかった山寺はたちまち建て直されて、山門(さんもん)も鐘撞堂も作られて、見違えるような立派なお寺になったと。 和尚さんは、まるで生き仏(いきぼとけ)のように崇(あが)められて、余生(よせい)を安楽に暮らしたそうな。 いんつこ もんつこ さかえた。
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49『椀貸淵(わんかしぶち)』
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2011-11-10
49『椀貸淵(わんかしぶち)』 ―群馬県― 利根川(とねがわ)の上流、群馬県は老神温泉(おいがみおんせん)の近く、追貝(おっかい)というところに一筋(ひとすじ)の川が流れている。名を片品川(かたしながわ)といい、中(なか)ほどに州(す)で出来た浮島(うきしま)があって、そこにある小さなお堂には、一体(いったい)の観音様を祭(まつ)ってあった。 その少し下流に滝がある。この滝のことを土地の人々は、吹割(ふきわり)の滝と呼んでいた。 吹割の滝壷(たきつぼ)は、年中渦(うず)を巻いて、深い底は竜宮(りゅうぐう)に通じていると信じられていた。 わずかに風のある早朝(そうちょう)、川辺(かわべ)りに立つと、時々、笛のような透(す)きとおった音が、朝もやの水面(みなも)を這(は)って聴(き)こえて来たという。 むかし、何百年も昔のこと。このあたりに観音様の堂守(どうもり)をしている重兵衛(じゅうべえ)という庄屋がおった。 重兵衛は、気立てのよい男じゃった。 毎朝観音様を見まわったあと、滝の手前で釣りをするのが常(つね)だった。 ある朝、重兵衛が釣りをしていると、滝壷から乙姫様があらわれて、何やら重兵衛と話をしたんだと。なんでも、重兵衛の釣りをする姿を、毎日毎日、乙姫様は水底からながめておったんじゃそうな。 つまり、乙姫様に見染められたっちゅう訳じゃ。 それから重兵衛は、手紙を書いては川に流すようになった。すると、乙姫様の返事は、滝の上にある岩に置いてあったそうな。 やりとりは手紙だけじゃあねぇぞ。重兵衛の家に客が多勢来て、膳(ぜん)と椀(わん)の足りない時は、手紙で、竜宮に」いる乙姫様にお願いしてな、貸してもらっていたそうな。 返す時は、滝の上にある岩の上に置いとくと、翌朝には無くなっているっちゅう寸法(すんぽう)だ。 こうして何回も借りたり返したりしておった。 ある年の春祭りのこと、 重兵衛の家に、急に多勢の客がやってくることになった。 重兵衛は、また、竜宮にいる乙姫様に手紙を出して、不足の膳と椀を借りたそうな。 祭りが終って、いつものように返しておいた。 ところが、この時重兵衛は失敗をやらかした。数を間違えて、一組返し忘れてしまったんだと。気がついたのは翌朝だった。 あわててお詫(わ)びの手紙を添(そ)え、岩の上に返しておいたが、翌日になっても、一組の膳と椀は置かれたままじゃったそうな。 きちんと返す約束を果さなかったので、乙姫様は怒ったのかも知れねえな。 それからというもの、手紙を書いて流しても返事は来ないし、何も貸してもらえなくなったんだと。 残った一組の膳と椀は、今でも重兵衛さんの子孫(しそん)で、利根村の追貝にいる星野元一(ほしのもといち)さんのお宅に、大事に保存されている。 星野さんのお宅には昔から、この膳と椀を見にくる人がひきもきらず訪(おとず)れ、見た人は必ず「龍宮御椀拝観芳名簿(りゅうぐうおんわんはいかんほうめいぼ)」に署名(しょめい)していくのが習慣」(ならわし)でな、大正六年八月には文豪(ぶんごう)菊地寛(きくちかん)がまだ時事新報(じじしんぽう)の記者だった頃の署名もある。 でも、素晴らしいじゃねえか。乙姫様と恋をしたご先祖様がござっしゃるなんてよ。 いちがぽんとさけた。
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48『侍狸(さむらいだぬき)』
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2011-11-10
48『侍狸(さむらいだぬき)』 ―愛媛県― 昔、愛媛の西宇和郡三崎町(にしうわぐんみさきちょう)というところに藤吉(とうきち)という猟師(りょうし)がおったげな。 ある日、山へ行きよると、狸の穴があった。 藤吉はうれしゅうなって、 「ようし、今日は狸をとっちゃろ。一匹とれば一日まんまが食べられる。二匹とれば二日まんまが食べられる。五匹で五日、ほっほう」 と、とらぬ狸の皮算用(かわざんよう)したと。 そこでさっそく、木(こ)の葉をくすべながら、穴を掘りよった。 ところが、なんぼ掘っても何も出て来ん。 「はあて、狸はおらんのかな」 と思っていると、ふいに穴の中から立派な侍(さむらい)が出て来て、 「藤吉、ごめん、とおるぞ」 と言うたもんだから、藤吉はたまげて、 「へへぇ-っ」 と、頭を下げた。 ほして、頭を上げようとすると、また侍が出て来て、 「藤吉、ごめん」 「へへぇ-っ」 頭を上げるとまた一人、また一人、藤吉はへへぇっ、へへぇっと頭を下げては上げ、上げては下げ、七人の侍におじぎをしたそうな。 そのたんびに、いぶしている煙の中へ顔を突っ込んだもんで、ゴホン、ゴホンむせて、 「ああ、苦し」 と、涙流して、胸をたたいて、「はてな」と思うた。 「何で、こないなところからお侍さんが出て来よる」 どう考えてもおかしい。そこで、あわててのびあがって向こうを見ると、七匹の狸が、頭にシダの葉っぱを乗せて、逃げて行くところやった。 「ありゃ、七日分のまんまに逃げられた」 藤吉はそう言うて泣いたとや。 何とあほうな猟師と、りこうな狸がおったもんぜなあし。 むかしこっぷり。
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48
47『箱根(はこね)のあまのじゃく』
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2011-11-10
47『箱根(はこね)のあまのじゃく』 ―神奈川県― むか-し、むか-し、気の遠くなるくらい大昔のことだ。 箱根(はこね)山に天から来たという神様とも人間ともつかぬ面(つら)をして、へそまがりで、力持ちのあまのじゃくというもんがおった。 だけど、このくそ力が出るのは晩だけで、お天とう様があまのじゃくの頭に当たるとフニャ、フニャと力はふぬけてしまう。 ある年のすっぽ-んと晴れた日、 あまのじゃくは、箱根のてっぺんに突(つ)っ立(た)って、あたりを見まわしておった。 四方(しほう)にはいろんな姿の山々が、デコン、ボコンと並んで背ぇくらべをしている。 「ウ-ム、とくに高い山もねえし、大体うまくいっておるわい」 満足げにぐる-っと首をまわしていって西の方を見たときにジャガリと目が光った。 そこには、雲の上にまで頭をつんだし、裾(すそ)をすんなり広げて、晴れ姿を芦(あし)の瑚(こ)に映(うつ)している富士の山があった。 「なんとまあ、美しい山だんべさ。高さといい、うしろ姿といい、ほれぼれするわい。里のやつどもが箱根山に尻っぺたをむけて、朝に夕に富士山をながめてかしこまっているのも無理のねぇこった」 あまのじゃくは、ため息ついて見とれていたが、そのうち富士山が憎(に)くらしくなってきた。 「わしの箱根山がそっぽをむかれるのは、そばにあいつがいるからじゃ。よ-し、今に見ておれ、わしのくそ力でてっぺんをひったくってやっから」 その晩、里の者が寝(ね)静(しず)まったころ、あまのじゃくは大(おお)フゴをかついで富士山へ登り、岩をひったくると大フゴに入れて海っ端(ぱた)に来ては、沖合(おきあい)めがけてその岩をぶん投げておった。 次の晩も、その次の晩もやらかしておった。 そしたらなんと、その岩が海のどまん中に積(つ)もりに積もって、島が出来た。 それが今も太平洋(たいへいよう)にある伊豆七島で、投げそこなって海っ端に落ちて出来たのが熱海(あたみ)の初島(はつしま)じゃ。 あまのじゃくは、なおも陽(ひ)の当たらない森の中から富士山をにらんでおった。 「む-ん、でぇぶん低くなったが、まあんだ高けえ。もうひと息じゃ、がんばらにゃぁ」 晩のくるのを今か今かと待っておった。 ところが、その晩、欲張(よくば)ったあまのじゃくは、でっかい岩を一度にひっぺがそうとしてえらく手こずった。 やっとこさ大フゴに押し込んで、箱根山を越(こ)そうとした時、里の方から、ケケロケ-、ケケロロ-と、一番鶏(いちばんどり)が啼(な)いて東の空が白(しら)み、お天とう様がホンワリ、ホンワリ登って来た。 「こ、こりゃあえらいこった。里のやつらに見(め)っかったら今までの苦労(くろう)が水の泡じゃ。それよりも、わしの力がふん抜けてしまうわい」 あまのじゃくは、あわくって大フゴの中の岩をおんまけると、うしろをふりかえりもせずに山の暗がりめがけて飛んで行った。 やがて、お天とう様が登って来て箱根の山を照らしはじめた。 すると、お椀(わん)を伏(ふ)せたみたいな新しい山が二つ出来ているでねえか。 これがな、あまのじゃくがおんまけた岩で出来た山で、今も箱根山にデガン、デガンと乗っかっている二子山(ふたごやま)じゃ。 おしまい チャンチャン。
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47
46『旅人馬(たびびとうま)』
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2011-11-10
46『旅人馬(たびびとうま)』 ―鹿児島県― むかし、あるところに金持ちの子と貧乏人の子がおって、仲良くしておったと。 あるとき、二人はそろって旅に出たそうな。 いくがいくがいくと、見も知らぬ遠い村で日が暮れたと。 ある農家に泊めてもらったら、真夜中になって、すすっと障子(しょうじ)を開けて部屋に入って来る者がある。気配で目をさました貧乏人の子がうす目を開けて見ると、この家の婆さんだ。婆さんは囲炉裏(いろり)の端(はし)に座った。 「今時分(いまじぶん)、何をするのだろう」 寝たふりをしてそおっと見ていると、婆さんは、まるで田んぼをすくように囲炉裏の灰を掻(か)きまわして、ぱらりぱらりと米の籾種(もみだね)を蒔(ま)いた。 そしたらなんと、つんつん芽が出て、いい苗がはえそろったと。 それを一度抜いてから、また、田植の時のように灰の中にさしていくと、稲の株(かぶ)はずんずん増(ふ)えた。田の草も取った。みるみる青い穂(ほ)が出て、黄色にうれると鎌で刈って実を落とした。 それを石臼(いしうす)にかけて粉にして、それで餅(もち)を作りあげると、すっと部屋を出ていった。 初めから終(しま)いまで、まったく音がしないんだと。 夜が明けると、婆さんは、 「さあ、これを食うて下され」 と、お盆に昨夜の餅を盛って部屋に入って来た。 「あの餅を食っちゃぁだめ」 貧乏人の子は金持ちの子にそっと耳うちした。しかし、婆さんが、 「さあさあ、おいしいぞお」 とさいそくすると、金持ちの子は思わず手をのばしてパクッと食べた。 「うまい」 といって、もひとつ食べた。 二つめを食べ終わったとたん、身体をぶるぶるっとふるわせて、みるみる馬に変ってしまった。 金持ちの子は、何か言おうとしても「ヒヒン、ヒヒン」と言うだけで人の言葉をしゃべることが出来ないのだと。 貧乏人の子を見て、ポロポロ涙を落すばかりだと。 婆さんは、泣いている馬にくつわをはめ、綱(つな)をつけて馬屋(うまや)へ曳(ひ)いて行って終った。 貧乏人の子は、そのすきに怖ろしい農家を逃げ出した。いくがいくがいくと、白いヒゲをはやした爺さんに行き会った。 「これ、泣きながら歩いて、どうした」 と訊(き)くので、一部始終(いちぶしじゅう)をもらさず話したと。そしたら、 「よしよし、もう泣かんでもええ。わしがいいことを教えるよって。よいか、ここをずうっと行くと茄子(なす)ばかりうえた一反(いったん)畑がある。その中から、東を向いた一本の木から実を七つなっているのを見つけなさい。その実を七つとも、そのうまに食わせるといい。そうしたら、きっと、お前の友達は人間に戻ることが出来るじゃろうて」 と教えてくれた。 貧乏人の子は飛ぶように走って茄子畑を探した。しかし、行けども行けども茄子畑にはたどり着かないのだと。一日が過ぎ、二日も経ち、三日目にようやく茄子畑に着いたと。 地を這(は)って泥だらけになりながら探しに探して、ようやく東を向いた一本の木から実が七つなっているのを見つけ出したと。 「これだ、これだ」 と喜んで七つの茄子をもぐと、すっとんであの農家へ戻った。 戻ってみれば、馬になった友達は毎日毎日田んぼへ曳きだされて働かされておったと。 夜になるのを待って、こっそり馬屋へしのびこみ、むりむり茄子を食べさせた。 馬が涙を流しながら七つとも食べ終えるや、ブルブルッと身体をふるわせて、たちまち人間に戻ったと。 二人は連れだって金持ちの家に逃げ帰ると、家中大喜びで迎えてくれた。 旅に出てからのことを話すと、父親はあるだけの財産(ざいさん)を二つに分けて、貧乏な子に半分をくれたと。 共に金持ちになった二人は、いつまでも兄弟のように仲良くしたそうな。 そいぎいのむかしこっこ。
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46
45『火男(ひょっとこ)の話』
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2011-11-10
45『火男(ひょっとこ)の話』 ―岩手県江刺郡― むかし、あるところに爺さまと婆さまがおったそうな。 ある日のこと、爺さまは山へ芝刈りにいって、大きな穴をひとつ見つけたと。 「こんな穴には悪いものが棲むものだ。塞(ふさ)ぐにかぎる」 そういって、一束の柴」をその穴の口に押し込んだ。すると、柴は穴の栓(せん)になるどころか、すとんと中に入ってしまった。また一束押し込むと、それもまた、すとんと入った。もう一束、もう一束と入れて、とうとう、三日の間刈りためた柴を残らず穴の中へ入れてしまったと。 「何とあきれた穴じゃ、どんくらい深いやら」 爺さまはためしに穴の底へ 「お-い」 と呼ばってみた。そうしたら何と、 「は-い、ただいままいります」 と返事がして、穴の中から美しい女が出て来た。 爺さまがあっけにとられて、目をまん丸にしていると、女は、 「ただいまは、たくさんの柴をありがとう。お礼をしたいので一緒に中へおいで下さい」 という。あんまりすすめられるので穴の中へ娘と入って行ったと。 穴の中には目のさめるような御殿(ごてん)があって、門口(かどぐち)には、爺さまが三日もかかって刈りためた柴が、きちんと積み重ねてあったと。 「どうぞお入り下さい」 と娘が言うので、御殿に入ると、きれいな座敷があった。座敷には立派な白い鬚(ひげ)の翁(おきな)がいて、また柴の礼を言ったと。 いろいろご馳走になって帰るとき、翁は、 「これをお礼にやるから連(つ)れていけ」 と言って、一人の童(わらし)を前へ押し出した。 童は、口を横っちょに曲げてとんがらし、何ともいえぬ醜(みにく)い顔つきをして、臍(へそ)ばかりいじくっているんだと。 爺さまがことわろうとすると、翁は是非(ぜひ)連れて行けというので、とうとう家に連れて帰ったと。 「婆さん今帰った。こんなの土産にもろた」 とわけを話して聞かせると、婆さんは小言を言うのも忘れて、童の顔をまじまじながめてぷうと吹き出したと。 爺さまと婆さまと童の三人の暮らしが始まった。が、童はいつまでたっても臍ばかりいじくっていて、ちいっとも家の手伝いをせん。 ある日、爺さまは童の臍を火箸(ひばし)でちょいとついてみた。そしたらその臍からポトンと金(きん)の小粒(こつぶ)が出て落ちた。金の小粒は、それをきっかけに、一日に三度ずつ出るようになったと。 爺さまの家は、たちまち富貴長者(ふっきちょうじゃ)になった。 ところが、婆さまが欲を出して、もっとたくさん出したいと、爺さまの留守に火箸をもって童の臍をぐんと突き、ぐりぐりまわしたと。 すると、金は出ないで童が死んでしまった。 爺さまは外から戻って死んだ童を見ると泣いて泣いてふびんがったと。 その晩、爺さまの夢枕に童が立って、 「爺さま、泣くな。おらの顔に似たお面を作って、毎日よく目にかかるカマドの前の柱に掛けておけ、そうすれば家は栄える」 と教えてくれた。 この童の名前はひょうとくと言ったそうな。 爺さまは、ひょうとくのお面を作ってカマドの前の柱にかけて。そしたら、家はますます栄えたと。 こんなことがあってから、あちこちの家々でひょうとくのお面をカマド前の柱に掛けるようになったと。 「ひょっとこ」というのは、この醜い「ひょうとく」の名前が起こりなんだそうな。 いんつこ、もんつこ、さかえた。
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45
44『屁(へ)っぴり番人(ばんにん)』
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2011-11-10
44『屁(へ)っぴり番人(ばんにん)』 ―岩手県胆沢郡― 昔、あるところに面白い屁をひる爺さまがおったと。 その屁音(へおと)は「だんだっ、だんだっ」と鳴るので、爺さまのことを知らん者が聞くと、「誰だっ、誰だっ」と、まるでとがめだてされているような気になる。それで、爺さまの屁のことを面白がる者と嫌がるものと二通りあったと。 あるとき、長者どのからお使いの者が来て、爺さまに来てくれろと言う。爺さまは、 「はて、おらみてえな屁っこきに何用あるだ」 と思って、使いの者の後(あと)をついて行くと、長者どのは、 「爺、爺、おら家(え)の米倉の番人になってくれまいか、禄(ろく)ははずむぞ」 というた。 思いもよらん仕事にありついた爺さまは、否も応もない。二つ返事で引き受けた。爺さまは、その夜から長者どのの米倉の守(も)り番(ばん)になった。そして戸の前の二畳敷に毎晩寝ていた。 ある夜のこと、長者どのの家に盗人(ぬすっと)が入って来た。そろりそろり米倉に忍び寄ると、暗闇の中からいきなり、 「だんだっ、だんだっ」 と、どなられた。 盗人は 「いかん、見つかった」 と、きもを冷やして一目散(いちもくさん)に逃げて行った。次の夜も盗人が入ったが、やっぱりその「だんだっ」の声にたまげて逃げ帰った。それから次の晩も、その次の晩も、ちょうど七夜(や)続けて入ったけど、いつも「だんだっ」ととがめだてされて、とうとう何ひとつ盗み出すことが出来んかったと。 「いままでにこんなことは一ぺんもなかったのに、どうもいかん。それにしても、あの『だれだっ』という声は何者が出しているのだろう。暗闇からいきなりボガンとなぐりつけられたようで、どうにも面喰らってしまう」 八日目の晩も、盗人は意地になって忍び入ったと。 抜き足差し足そろりそろり米倉に忍び寄って、よくよく見ると、何のことはねぇ、倉番人(くらばんにん)の爺さまの屁っぴり音(おと)であった。 「なんだぁ、いままでこの爺の屁にたまげて逃げ帰っていたのか。よ-し、こん夜は仇(あだ)を討ってやる」 盗人は胡瓜(きゅうり)畑へ行って胡瓜を一本とって来て、爺さまの尻の穴にさしこんでやった。 爺さまの屁は、出口をふさがれて出るに出られん。腹がぷくうっとふくらんだと。 「へん、ざまあみろ」 盗人は屁音がないので安心して米俵を「よっこらしょ」と背負うた。 ちょうどそのとき、寝返りを打った爺さまの尻から、胡瓜がスポンと抜け飛んで、勢いよく盗人の顔に当ったからたまらん。びっくりしたひょうしに、思わず腰をグキッっとくじいたと。 「いたたたたぁ」 米俵の下敷きになってバタバタしているところへ、よほどたまっていたのか、 「だんだっ、だんだっ、だんだっ、だんだっ」 と、えらい大きな屁音をひっきりなしにあびせてきた。おまけに、自分の屁音で目をまさした爺さまが、本当に「誰だ!」と叫んだので、盗人はとうとう観念したと。 爺さまは、長者どのからほうびをたんまりもろうたそうな。 どんとはらい、ほうらの貝こぽうぽうとふいたとさ。
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44
43『蛇聟入(へびむこいり)』
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2011-11-10
43『蛇聟入(へびむこいり)』 ―高知県土佐郡― むかし、あるところに一人の器量(きりょう)よしの娘がおったと。 ある晩、娘の部屋で笑い声がするので、母親がそおっとのぞいてみると、娘は、けしきのいい若い男と何らや話をしては忍び笑いをしている。 母親は、その男のけしきがあんまりいいので、はじめのうちは喜んでおったと。 ところが、その男が雨の夜も、風の夜も、毎夜毎晩かかさずやって来るので、これはただの男ではあるまい、と怪訝(けげん)に思ったそうな。そこで娘にたずねたと。 「お前のところへ、毎夜毎晩訪ねてくる男がいるようだが、いったい、どこの誰なのかい」 「男なんか、来ん」 「隠すことなんかないよ。おっ母さんは、あのお人が来るところも帰るところも見ているのだから。身元(みもと)が確かなお人ならおまえの聟(むこ)どのにしてもいいと思っているのだよ」 「本当に?! …でも…どこのだれだかよく知らん」 「夜毎通(よごとかよ)うて来て、どこの誰かも明(あ)かしてはおくれでないかい」 「うん」 「そうかえ。嵐の晩もおじずにやって来るし、身分も明かさないなんて、おかしいねぇ。もしかしたら魔性(ましょう)のものかも知れん。こんど来たら、男の着物の裾(すそ)へ糸をつけた縫(ぬ)い針(ばり)を刺して帰すといいよ」 娘が母親に言われた通り、枕元に縫い針を隠して待っていたら、その夜も、すっかり更(ふ)けてから男は訪ねて来たそうな。 娘はいつものように笑顔で迎えて、大事にしたと。 帰りしなに、男の着物の裾に糸をつけた縫い針を刺した。そしたら男は、 「ウ-ッ」 と、うめき声を吐いて、 「いたい、いたい」 と叫びながら家を飛び出て行った。その後ろ姿が、だんだん蛇(へび)の身体(からだ)に変わっていくんだと。そして、そのあとを糸がうねうね、うねうね延(の)びて行ったと。 娘と母親は、やっぱり魔性のものだったとふるえあがったと。 次の朝、母親が糸をたどって行ったら、大きな淵(ふち)に洞穴(ほらあな)があって、糸はその中へ消えている。そおっと様子をうかがったら、洞穴の中から話し声がしたと。聴(き)き耳を立てて聞いてみると、 「ほれみなさい、あんな人間なんかに構(かま)うでないと言っておいたのに、馬鹿(ばか)だよお前は。身体に鉄針(てつばり)を立てられたからには、お前はもう生きてはおられん。かわいそうじゃが仕方ない。何ぞ言い残すことはないか」 と、蛇の母親が倅(せがれ)の蛇に言い聞かせているところであった。 「おれは死んでも、あの娘に子供を授けて来た。それが倅をとってくれるだろう」 「そんな安気(あんき)を言ってからに、だからお前は馬鹿だと言うんだよ。娘の腹(はら)に子を授けてきたって、そんなもの、三月の節供(せっく)の桃酒と、五月の節供の菖蒲(しょうぶ)酒と、九月の節供の菊酒を飲まれたら、腹の子なんかどもならん。人間はかしこいから、すぐに悟(さと)るにきまっとる」 これを聞いた娘の母親はいそいで家に戻って、三月の節供の桃酒と、五月の節供の菖蒲酒と、九月の節供の菊酒を娘に飲ませて、腹の中の蛇の子をとかしたそうな。 こんなことがあるから、女はどうしても、三月と五月と九月の節供の酒は、飲まなくてはいけないのだと。 むかしまっこう猿(さる)まっこう。
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42『尼裁判(あまさいばん)』
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2011-11-10
42『尼裁判(あまさいばん)』 ―宮城県― むかし、あるところに親孝行の息子が年老いた父親と暮らしておったそうな。 働き者の息子だったから、村の人がいい嫁を世話してくれたと。息子と嫁は、 「お父っつぁんはもう年だから、家でのんびりしてりゃええ」 いうて、二人して、朝は朝星の出ているうちに家を出て山の畑へ行き、夜は月星をながめながら帰るほど働いたと。父親は、 「わしゃあ、いい息子と嫁を持った」 いうて、すっかり安心したと。気がゆるんだら急にふけこんで死んでしもうたと。 息子は悲しんで悲しんで仕事が手につかんようになった。 そしたら、嫁を世話してくれた人が来て、 「今度、村の衆(しゅう)とお伊勢参りに行くことになった。お前も家ん中でクヨクヨしているよりは、一緒に行って気晴らしをしたらよかべ」 という。嫁も、 「あんたぁ、行っといでよ。お父っつぁんの功徳になるよ」 いうので、「そだな」って、村の衆と一緒にお伊勢参りに出かけたと。 お伊勢さまにお参りして町を見物していたら鏡屋(かがみや)があった。息子は鏡を知らんのだと。珍しい物があると思うてのぞいたら、映った自分の姿が死んだ父親にそっくりだった。 「ありゃあ、うちのお父っつぁんは、こんげなところにおられたか」 いうて、驚くやら喜ぶやら。 「番頭さん、この親父(おやじ)なんぼだ」 「へぇ?!何のことでしょう」 「これ、この親父だ」 「へえ、ですがあのう、これは親父ではなくて、鏡ですが」 「何いうとる。息子の俺が言うのだから間違げぇねえ。これは親父だ。家に連れて帰るから、ぜひ売ってくれ」 番頭さん、目を点にしておったと。 旅から帰った息子は、鏡を長びつに入れて、朝晩のぞいては、 「お父っつぁんは今日もご機嫌だ。ニコニコしとる」 いうて喜んでいるんだと。 嫁はどうも不思議でならない。ある日、息子が畑へ出掛けてから、長びつを開けて中をのぞいたと。そしたら何と、中にはきれいな女ごがおって、「見つかった」いうような顔をしておった。 さあ、嫁は腹が立って腹が立ってならん。 昼飯どきに畑から戻った息子をつかまえて、怒ること、怒ること。 「あんた! お父っつぁんの功徳に行ったと思っていたら、何さあれは。お伊勢さまからいい女ごを連れて来て。ああくやしい!」 「お前、何言うてるや。俺はお父っつぁんを買うて来ただぞ。女ごなんぞ隠しておらん。もいちどよおっく見てみろ」 「ほんとうに? …そだな、毎日長びつに入ったままの女ごもなかべな」 いうて、もう一度長びつの中を見たら、今度は夜叉のようなおっかない顔をした女がいた。嫁はあわてて、ふたをパタンと閉じたと。 「いたあ、あんたあ、やっぱり女だよう」 「そんなはずはねえんだがなあ」 いうて、息子がのぞいてみたら、親父がとまどった顔をしておった。 「お前、何見とる。やっぱりお父っつぁんだ」 「違う」「そうだ」 と言い争いをしているところへ、お寺の尼さんが家の前を通りかかった。 「仲のよい二人が喧嘩とは、いったいどうしましたか」 「聞いて下されアンジュさま、実は…」 と嫁が話すと、 「それじゃあ、私が見てみましょう」 いうて、尼さんがのぞいたと。そしたら鏡には尼さんが映っとった。 「もう喧嘩はやめなさい。この中の年増女は髪を落として尼になったから」 こういうたと。 えんつこ もんつこ さげぇた。
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42
41『雪ん子』
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2011-11-10
41『雪ん子』 ―奈良県― 昔、あるところに子供のいない夫婦がおったそうな。 二人は毎日毎日お宮(みや)さんへお参りしては、 「どうか、子供をお授けくだはりますように」 と願かけをしておったと。 ある雪の降る日にお宮さんにお参りしたら、拝殿(はいでん)の横から、「オギャ-、オギャ-」と、赤ん坊の泣き声がした。まわりこんで見るとかわいい女の赤ん坊が置いてあったと。 「これは、神様が願いをかなえてくだはったにちがいない」 「そやなあ、ありがたいこっちゃ」 二人は家に抱いて帰り、名前を「雪(ゆき)」とつけたと。 大事に大事にしたので、雪はすくすく育って、きれいなきれいな女の子になったと。 だけど、普通の子供とはちいっと変ったところがあった。 雪は、寒い日が来て雪が降ると元気にはしゃぎまわるのに、夏が来て暑い日が続くと家に中に閉じこもって元気がなくなるのだと。 二親(ふたおや)は、 「神さまから授かった子じゃもん、そりゃあ並(なみ)の子らとは、ちいっとはちがっているやろ」 と気にもしなかったと。 村祭りの晩のこと、 「雪ちゃん、お宮さんのお祭りに行こう」 言うて、友達が誘いに来たので、雪はきれいなべべを着せてもらって、みんなと行ったと。 お宮の境内(けいだい)では、あかあかと松明(たいまつ)がたいてあって、その松明の上を飛び越えたら達者になるというので、みんな走っていっては松明の上を飛び越えておったと。 「早よう、雪ちゃんも飛びやあ。飛んだら達者になるのやでえ」 みんなは口(くち)々にそう言うて、雪をけしかけた。 「いらん、わたしは飛ばひんね」 雪は松明から離れたところに立って、火をさけるようにしとるんだと。 「やあ、雪ちゃんのいくじなし。こんなぐらい、よう飛ばんのかあ」 と、やいやい言うてはやしたてた。 雪は、それがつらくて飛んでみる気になったと。 走って行って、松明の上をパッと飛んだ。そのとたん、パアッと湯煙があがって、雪身体が消えてしもうた。 「あれ、雪ちゃんがおらん。消えてしもた」 「ほんに、どこ行ったんやろ」 「雪ちゃん、雪ちゃ」 みんなは大声で呼びながら、あちこち探しまわったが、とうとうみつけられんかったと。 「雪ちゃんは、雪の中から授かった子やから、火にとけてしもてんなあ」 そう言うて、みんなかなしんだと。 おしまい
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41
40『狸(たぬき)の恩返(おんがえ)し』
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2011-11-10
40『狸(たぬき)の恩返(おんがえ)し』 ―静岡県― 昔、ある山の中に貧しい炭焼きの夫婦が小屋を作って住んでおったそうな。 女房が夜なべ仕事に糸車をカラカラまわして糸をつむいでいると、狸がたくさん集まってきて、縁側であきずに眺めているのだと。なかには真似をして、糸車をまわしたり、糸をつむぐ仕草(しぐさ)をするのまでおる。 さて寝ようと雨戸を閉めると、今度は楽しそうに腹鼓(はらづつみ)を打つのだと。 ポンポコ ポンポコ ポンポコポン という音は、ことに月夜の晩など、二人が寝むれないほど賑(にぎ)やかだったと。 「あやつら、かわいいことはかわいいが、こう毎夜毎夜続けられるとなあ」 「ほんに、たまには休んでくれんかねえ」 狸たちはそんなことおかまいなしにポンポコ ポンポコやっておったと。やがて度が過ぎて、昼間も現われて悪さをするようになった。 二人が炭焼き用の木を伐(き)ったり、炭焼き釜(がま)で炭を作っている間に小屋に入り込んで、おひつをひっくり返したり、残(ざん)さいを食い散らかして、小屋の内外(うちそと)を荒らしたと。 「こうなっては仕方ない。懲(こ)らしめに生け捕(ど)ってやる」 たまりかねた夫は、庭先に縄(なわ)で作ったワナを仕掛けた。 夜更(よふけ)に女房が糸をつむいでいると、外で、パシッと、ワナのはねる音がした。 夫はぐっすり眠って気がつかん。女房は、そおっと外へ出た。すると、大っきな古狸がワナに片足をとられて逆釣(さかさづ)りになってもがいておる。女房は、小っさな声で、 「これからは、ワナに気をつけるのだよ」 といって、縄を解(と)いてやり、いかにも狸が歯でかみ切ったようにしておいた。 狸はうれしそうに森の中へ逃げて行った。 次の朝、ワナを見に行った夫はがっかりしたと。 「狸のやつ、ワナに掛かったらしいが、縄をかみ切って逃げたようだ」 「それは惜しかっただなあ、あれだって狸汁にされるのは好かんだよ」 女房はとぼけておったと。 それからは、夫がいっくらワナを仕掛けても掛かる狸はなかったと。 そのうち雪がちらちら降りはじめた。 二人は根雪(ねゆき)になる前に里(さと)へ下り、山の雪が溶けるのを待ったと。やがて春が来て、二人は、また、山の小屋へ戻った。戻ったところが、小屋の様子がどうもおかしい。しっかり閉じておいたはずの雨戸が、一枚はずれていて、あたりには狸の足跡がいっぱいついている。 二人は中に入って思わず目を見はった。 「こ、こりゃ どうしたこんだ」 「ほんに」 なんと、つむいだ糸が山のように置いてあった。 いったい誰が、と夫は首をかしげておったが、女房はあたりの足跡を見て、もしかしてと思い当たることがあった。 「あんたぁ、実はあんたに内緒にしていたことがあるだよ。昨年あんたが仕掛けたワナには、大きな狸が掛かっていただ。でも、涙(なみだ)を流してじっとおらを見つめている姿があわれで、おら、縄を切って逃がしてやっただ」 「ん、それではその狸がこれを…か? ふ-ん。狸が恩返しに冬じゅう糸をつむいでいたっちゅうわけか」 女房は、こくっとうなずいた。 二人は、その糸を里へ売りに行ったら、飛ぶように売れたと。おかげで暮らしがずいぶん楽になったと。 狸は、その年もたくさん庭に来て、女房の糸つむぎをのぞいたり、腹鼓を打ったり、おひつをひっくり返したりしたけれど、夫はもう、ワナを仕掛けようとはしなかったそうな。 それでいちがさかえた。
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40
39『怠(なま)け者と貧乏神(びんぼうがみ)』
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2011-11-10
39『怠(なま)け者と貧乏神(びんぼうがみ)』 ―兵庫県― 昔、あるところにどうしようもない怠け者の男がおったそうな。 ある年の暮れに、男がイロリの横で煎餅布団(せんべいぶとん)にくるまって寝ていたら、頭の近くに、天井裏(てんじょううら)からドサリと降り立った者がある。 寝呆眼(ねぼけまなこ)でトロンと見たら、髪の毛はモジャモジャで、着物をだらしなく着とる年寄りだ。ガリガリに痩せこけているくせに、腹ばかりがプクンとふくらんどる。 「お前ぇは、何者だいや」 「わしゃ、永い間やっかいになっとる貧乏神だ」 「何しに降りて来ただいや」 「お前ぇがあんまり貧しいもんで、近頃じゃ、わしの食う物も残しよらん。ひもじゅうて、ひもじゅうて、このままじゃ、わしの命が持たんので、逃げ出そうと思うて降りて来ただ」 「そうかえ、そりゃぁ結構だ。俺らのその方がありがてえで、一刻(いっとき)も早う出てってくれぇ。土産にやるものも何も無いだで、せめて見送ってやりてぇが眠むくってならん。このままで勘弁しろいやい」 「これまて、目を開けえ。これまで永う世話になった礼に、ええ事教えてやる。目え開いとるな、よしよし。ええかよう聞け。明日(あした)の朝早うに家の前の道に出て待っとれ。宝物積んだ馬が通る。一番先の馬は金を積んどる。二番目の馬は銀を積んどる。終いの馬は銅じゃ。そのどれでもええ、棒でなぐったら、それはお前ぇの物になる。聞いたな」 「聞いた。要するに全部なぐればええんじゃろ」 貧乏神が、やれやれといった顔で出て行くと、男は、 <明日は早起きして、三つともなぐっちゃろう。長(なげ)え棒で横なぐりした方がええかな> と考えながら眠むったそうな。 夜明け頃になって、男は、 <もう起きにゃあなるまい> と思うたけど、いつもの怠(なま)け癖(ぐせ)でなかなか起きられん。また、トロトロ眠ったら夢を見た。金を積んだ馬をなぐった夢だ。 丁度その時、外では一番目の馬が駆け抜けていった。 そうとは知らぬ男は目を覚まして、 「さいさきのええ夢じゃった。どうれ、三つともなぐって分限者になってやろ」 と、長い竿をかついで家の前の道に出て待っとったら、二番目の馬が駆けて来た。 「おっ、金の馬が来たぞ。そうれっ」 思いっきり竿を振りまわしたら、竿の先が木の枝に引っ掛かって、馬は目の前を駆け抜けて行く。 「しまったぁ。ま、いい、残り二つをなぐっても分限者になれる。今度(こんだ)ぁ短けえ棒でなぐっちゃろ」 男が辛張(しんば)り棒(ぼう)を持って待っていると、三番目の銅を積んだ馬が駆けて来た。 「銀の馬だ。今度こそっ、そうれ」 となぐった…けど、棒が短かくて届かなかった。 「またしくじった。今度はもうちいっと長めの竿にしょう」 といって、手頃な竿を探して待っていると、また馬がやって来たと。今度のはポクポクゆっくり歩いてくる。 「しめた。これなら打(う)ち損(そん)じはねえ」 と、思いっきりなぐったら、うまく当って馬が立ち上がった。そのひょうしに何かがドサッと落ちたと。 「やったぞ」 と喜んで、落ちたものをよくよく見たら、これが何と、昨夜別れたばかりの貧乏神だった。 「わしゃぁ、今年は他家(よそ)で暮らそうと思うとったにぃ、また世話にならにゃあならんとは」 こうなげいたと。 いっちこたぁちこ。
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38『狼(おおかみ)の恩返(おんがえ)し』
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2011-11-10
38『狼(おおかみ)の恩返(おんがえ)し』 ―大分県― 昔、ある山の中にポツンと一軒屋があっておっ母さんと息子とが畑を耕して暮らしておったそうな。 ひどい貧乏だったので、おっ母さんも息子も働きづくめだったと。 ある日の真夜中のこと、おっ母さんが急の病(やまい)にかかって、身体をエビのように曲げて苦しがったと。医者は山の向こうの里にしかおらん。ところが、山にはたくさんの狼がおって、夜になるとウォ-ン、ウォ-ン吠えて恐ろしいのだと。夜道では、今まで誰も通りきった者はなかったと。 息子は、おっ母さんの病気を治したい一心で出掛けたそうな。左手に提灯を持って、右手で縄の先に火を点(とぼ)したのをぐるぐるまわしながら、山道を登って行ったと。 いくがいくがいくと、山の尾根のところで、一匹の大っきな狼が真っ赤な目を光らせてこっちを見ていた。息子は、 「お、お、狼どん、今だけは俺(お)らを喰(く)うのを勘弁(かんべん)してくれ。おっ母さんが病気で苦しんどる。医者様連れて来ねばなんねぇだ。たのむ。見逃がしてくれろ」 といって、火縄をぐるんぐるん振りまわしたけど、狼は寄って来るんだと。 「医者様連れて来たら、きっと喰われに来るからぁ」 と泣いてたのんでも寄ってくる。 息子は、その場へへたり込んで、目をきつくつぶった。 狼の吐く息が顔にかかった。 「今噛まれる、今噛まれる」 今か今かとふるえていたが、狼は噛みついてこない。 息子は、恐わ怖わ目を開けて見た。そしたら、目の前に狼がいる。「ヒエ-ッ」と思わず目をつぶった。が、何事もない。また、そおっと目を開けて見たら、どうも狼の様子がおかしい。舌をベロンと出して、口を大きく開けたまま、何度も頭を下げたり上げたりしている。どうも何事かを訴えたがっている様子だ。 息子は、怖わ怖わ狼の口(くち)の中をのぞいて見た。 「おや、のどに骨が刺さっとる」 息子は、狼ののどに手を入れて、骨を抜いてやったそうな。 狼は涙を流して頭を下げ下げ、後(うしろ)を見い見い姿を消したと。 息子が無事に医者の家を訪(たず)ねたら、医者は、狼が恐ろしいで行かれん、という。薬だけもらって、急いで山道を引き返したら、何と、今度は四、五十匹もの狼が寄って来て、息子のまわりをとり巻いた。じわっ、じわっと環(わ)を縮めて、さあ跳びかろうとしたそのとき、突然大っきな狼が環の中に跳んで入り、一声ウォ-ンと吠えた。すると、息子をとり巻いていた狼共は、一斉(いっせい)に藪(やぶ)の中に姿を消したと。 大っきな狼は、さっき骨を抜いてやった狼で、これが大将だったそうな。 息子は狼の大将に送られて家に戻ったと。 次に朝から、毎日、家の前に猪だの兎だの雉子(きじ)だのが置いてあるようになった。 息子は、食べきれない分を干物(ひもの)にして、ふもとの里に売りに行ったので、少しずつ暮らしが楽になって来たと。 おっ母さんの病気もすっかり快(よ)くなって、二人して、おだやかに暮したそうな。 もしもし米ん団子、早よう食わな冷ゆるど。
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37『米良(めら)の上漆(じょううるし)』
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2011-11-10
37『米良(めら)の上漆(じょううるし)』 ―岩手県― むかし、日向(ひゅうが)の国(くに)、今の宮崎県の米良(めら)の山里に、二人の兄弟がおったそうな。 二人は米良の山奥に分(わ)け入(い)って、漆(うるし)の木から漆を掻(か)いては、それを売って暮らしをたてておったと。 あるとき、兄は一人で山に入り、ふとしたはずみで持っていた鎌を谷川の渕に落としてしまった。 すぐに裸になって渕に飛び込み、鎌を探しながら段々に深みに潜って行くと、驚いたことに、渕の深み一面に、質のいい漆がトロ-ッとたまっておった。大昔から、山々の漆の木の汁が雨に流されて、この渕にたまっていたんだと。 次の日から、兄はひとりでここへ潜るようになった。 兄の持ってくる漆は、いつもよい値で売れたと。 「おらにも、上質の漆のとれるところを教えてくれろ」 と弟が頼んでも、兄は、 「自分で見つけるもんじゃ」 といって、教えてくれなんだ。 ある日、弟は、隠れるように家を出た兄の後(うしろ)から、そおっとついて行ったと。 そしたら兄は、とある谷川の渕に着くと裸になって潜って行く。 「水浴びかな」 と思って、なおも木の陰に隠れて見ていると、やがて兄は、漆桶いっぱいに漆をいれてあがって来た。 兄が山を下りるのを見送ってから弟が潜ってみると、底一面に上質の漆がたまっておった。 その日から、弟もその渕に潜るようになったと。 これを知った兄は、 「あれは俺が見つけたものだ。俺一人のものだ」 といって、弟に採(と)らせないようにするにはどうしたらいいか、いろいろ思案したあげく、町の彫り物師に、木の大きな竜を作らせた。角(つの)や鱗(うろこ)には赤、青の絵具(えのぐ)を塗り、眼(まなこ)を金銀で描(か)いたその竜の彫り物は、それは見事な出来ばえだったと。 ひそかに担(かつ)いで山に行き、渕の、水がそそいでいるところに置いてみたら、水の力でゆらゆら揺れて、まるで生きているように見える。 「これでよし」 兄は、何くわぬ顔で家に帰ったと。次に日、弟が渕に潜ると、見るも恐ろしい竜が水の底から眼(め)を光らせてにらんでいる。ほうほうのていで水からあがったと。 この様子を遠くから見ていた兄は、おかしくてたまらない。 「これで弟はもう来んだろう。これからは俺一人で採りほうだいだ」 と、喜び勇んで渕へ潜って行った。が、すぐに胸がドキンとした。 何と木で作った竜が、勝手に動きまわっておった。 「ま、まさか」 と、なおも近づこうとしたら、竜は、今にも一呑みにする勢いで、大きな口を開けて向かって来た。 「そ、そ、そんなはずはない。あれは、俺が仕掛けた木の竜だ」 と思いかえして、あがっては潜り、戻っては行きしてみたが、木で彫った竜には、いつの間にか魂がこもっておって、金銀で描いたはずの眼(まなこ(までがギランと光って動くのをみては気味悪くてならん。 渕の底にはまだたくさんの漆があるのに、とうとうとり出すことが出来んかったと。 申(もう)す米ん団子。
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36『黒姫物語(くろひめものがたり)』
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2011-11-10
36『黒姫物語(くろひめものがたり)』 ―長野県― 昔、信濃(しなの)の国(くに)に黒姫(くろひめ)という大そう美しい姫がおったそうな。うわさを聞いては遠い国からも姫を嫁にという話があとをたたんかったと。 ある秋の日、殿様が黒姫をつれて菊見(きくみ)の野立(のだ)てをしていたら、山奥(やまおく)の大沼池(おおぬまいけ)の主(ぬし)、黒竜(こくりゅう)がうわさに聞いたこの美しい姫を一度見たいと思って、蝶(ちょう)に化けてひらひら、姫のまわりを舞い飛んだそうな。 「まあ きれい」 姫は、さもうれしそうにほほえみかけてくれたと。 さあ、それからというもの、黒竜は、姫が忘れられなくなった。 幾晩(いくばん)も幾晩も思い焦(こが)れたあげく、若侍(わかざむらい)に化(ば)けて城を訪(おとず)れた。 今までに会った誰よりも立派な若侍ふりに殿様が身元(みもと)をたずねると、 「私(わたくし)は、志賀山(しがやま)の大沼池の主、黒竜です。姫を一目見て以来(いらい)忘れられませぬ。どうか姫を私に下さい」 という。 いくら立派でも人間(にんげん)でもないものに姫はやれん。殿様は、きっぱり断(こと)わったそうな。 ところが黒竜はあきらめきれずに、毎日、城へ通うようになった。 ひと月たち、ふた月たち、やがて百日目のこと。城へやってきた黒竜は、殿様へいったそうな。 「もし姫をいただけるなら、あらゆる災(わざわい)からこの城を守りましょう。が、だめだというのなら、大水(おおみず)で城と村々(むらむら)を流すことも私には出来るのです」 殿様はこれには困った。黒竜の怖さを知っているだけに考えに考えた。 「あす、その姿のままわしの馬に遅れずに城のまわりを二十回まわれたら、姫をやろう」 と約束をした。 黒竜が喜んで帰ると、殿様はすぐに家来(けらい)に命じて城のまわりに刀を逆植(さかうえ)させた。 次の日、殿様は馬にまたがり、 「黒竜、よいか」 というや馬にひとむちあてた。馬は勢いよく駆(か)け出した。 黒竜は、「おう」といって負けじと後を追った。 馬は刀を逆植したところは飛び越えて駆けた。そんなこととはしらぬ黒竜は、たちまち傷ついた。 「うぬ、計(はか)ったなぁ」 というやいなや、怒(いかり)でたちまち本性(ほんしょう)をあらわし、世にも恐(おそろ)しい竜となって馬を追った。 が、ひとまわりするたびに傷つき血まみれとなりながらも馬を追い続けて、ついに遅れずに城のまわりを回ったそうな。 「さあ、約束です、姫を下さい」 息も絶(た)え絶(だ)えに黒竜がいうと、殿様は刀を抜いて、 「お前のような化け物に姫はやれぬ。帰れ」 と、今にも切りつけんばかり。 「裏切ったな、見ておれ」 そう叫ぶと、あっという間に空へ飛んで行ってしもうたそうな。 さあ、その夜(よる)から激(はげ)しい嵐となった。大風(おおかぜ)は吹く、大雨(おおあめ)は降る。三日も四日も嵐は続いた。川からあふれ出た水で、村々は今にも流されんばかり。 これを見た黒姫は、殿が止(と)めるのも聞かず外(そと)へ走り出ると空に向って叫んだ。 「黒竜よ、私はあなたのもとへ行きます。どうか嵐と鎮(しず)めて下さい」 すると、どうじゃ、あれだけ激しかった嵐がピタッと止み、空から一筋の黒雲が矢のように走り下りて、去った時には、黒姫の姿は、どこにも見あたらなかったそうな。 姫は二度と戻っては来なかったが、それ以来、村には何ひとつ災が起らなくなったという人々はいつしか黒竜が黒姫を連れ去った方角(ほうがく)にある山を黒姫山と呼んで、こんな話を今に語り伝えている。
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35『猫女房(ねこにょうぼう)』
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2011-11-10
35『猫女房(ねこにょうぼう)』 ―岩手県遠野市― むかし、あるところに一人の貧乏な男と、欲深な長者が隣りあって住んでおったそうな。 ある夜長者は、飼っていた一匹の牝猫(めすねこ)にエサをやるのが惜くなって、首筋をつかんで外へ投げ棄てたと。 猫はニャア、ニャア鳴いて、隣の貧乏な家へ行ったと。 隣といっても、昔の田舎のことだ、ずうっと百米も離れとる。 そこを、とぼら、とぼら歩いて行ったと。 隣の貧乏な男が寝ていると、窓の下で、しきりに猫の鳴き声がする。ふびんに思って、 「こんな夜中に、お前、どうして外で鳴いとるや。また、お前の御主人にひどい目にあわされたのか。どらどら、それならおれのところにいろ」 と言うて、内に入れてやったと。 それからは毎日、なけなしの食べ物を自分と同じように分けて、可愛いがっていたと。 ある夜、男がいつものように猫を懐(ふところ)に入れて寝ながら、 「お前が人間だったらよかったなぁ。おれが畑へ出て働いているうちに、お前は家に留守番していて麦粉でも挽いておいてくれでもしたら、なんぼか暮らし向きが楽になるべえに。お前は畜生のことだから、それもできない相談だなぁ」 と、つぶやいたと。 次の朝、男はまだ星のあるうちから起きて、山の畑へ行って働き、夜にお月さんが出てから家へ戻ったと。 すると、灯(あかり)もつけない家の中で、だれかが挽臼(ひきうす)を、ゴロゴロ挽(ひ)いているものがあった。 「だれだろ」 不審に思って、そおっと入ってみると、何と、猫が挽臼を挽いておった。 「猫、猫、おれが夕(ゆん)べ、あんなことを言うもんだから、お前、挽臼を挽いてくれたか」 と、目を真(ま)ん丸(まる)にしてたまげたと。 男は、いよいよ猫が可愛いくなって、その晩、小麦団子をこしらえて、猫と食うたと。 「お前の挽いた小麦粉で作った団子だ。食え、食え、うんまかろう。おれも今日ほどうんまいと思うたことはないぞ」 言うたら、猫も、 「ニャア、ニャア」 嬉しそうな声を出して食うたと。 それからはいつも、男の留守の間には、猫が挽臼を挽いてくれたと。おかげで男は大層助かったと。 ある晩、囲炉裏の火に当っていると、猫が、 「私はこのまま畜生の姿をしていては、思うように御恩返しが出来ないから、これからお伊勢まいりをして人間になりたい。ついては、どうか暇を下さい」 と言うのだと。 男は、いよいよこれはただの猫ではない、と思うて、猫の言うがままにしてやった。 猫のおかげで少しばかりたまった小銭を、猫の首に結(ゆ)わえつけて旅に出したと。 猫は、途中で悪い犬にも狐にも出会わず、首尾(しゅび)よくお伊勢まいりをしたら、神様が、 「お前のことはわしもつくづく感じ入っておった。お前の願いを叶えてやろう」 こう言われて、猫を人間の美しい娘にしてくれたと。 娘になった猫は、喜んで家に帰って来た。 男と娘は夫婦(めおと)になって、二人で朝星月星を見ながら働いたので、末には隣の長者よりも、分限者となって、一生安楽に暮らしたそうな。 いんつこ もんつこ さかえた。
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